プレデザイン
西村佳哲(サブファシリテーター:青木将幸)

8:30。一つの輪になって、軽く自己紹介が始まる。西村さんのファンという人、デザインに関わる仕事をしている人、逆にまったく未知の世界なので興味を持ったという人々が集まっている。
今日のプログラムは「プレデザイン」がテーマ。西村さんが美術大学で行っている授業を、青木さんと会話しながらここでやるという。
西村 「さて、プレデザインって?」
青木 「デザインの前に行う意思決定かな?」
●インプットとアウトプット
本題の前に、ノートのとり方について一言。紙を縦に二分割し、授業の内容をとる欄の横に自分ノートの欄を作ること。「なるほど」「なぜ?」「いや、そうは思わない」などなど、自分の気持ちを書きとめようとのことだった。
美大では、ものを作るための技術を教えること、つまりアウトプットのための授業に終始してしまう。でも、インプットがあって初めてアウトプットがある。ものを作ること以前に、何を見るか、どう感じるかというインプットのための授業が必要なのではないか、と西村さんは話した。
9:15。デザイナーの八木保氏の仕事場がスライドで映された。デザインをする前に自然物を拾ってきて標本にし、それで色指定したりするのだそうだ。例えば桃を持ってきて「こんなピンクで」。「桃を介したピンクの話」に頷く人多数。他にもいくつかの、インプットとアウトプットの例が挙がる。書き取る人、じっと聴く人半々である。
「さて、自分ノートのほうはどうですか?」。問いかけるが、特に何を書いたかなどの確認はしない。
9:40。ここから、ニューヨーク近代美術館で行われている美術教育の一つ、「VTC(ビジュアル・シンキング・カリキュラム)」の紹介と実践に入る。要約するとこうだ。
1.レビュー:この時間までの西村さんの授業
2.個人で考える:作り手(つまり今回の場合は西村さん)はどんなことを考えて、どう作ったか。それについて自分は何を感じどんなことを考えたか。
3.小グループで話し合う:4人グループになり、個人で考えたことをシェアする。
4.何かあれば全体でシェアしたり、質疑応答したりする。
●デザインに気づく
西村さんは、第1回目のワークショップフォーラムの導入ワークで、「川を飛び越えましょう」と言われたとき、架空の川の上で跳ねるジェスチャーを加えながら「オレは何をしてるんだろう」と考えたことを話した。笑いが起こった。「今あるものにアジャストできないこと、そういうシーンってありますよね」。スッと、違和感を問いかける人の顔になった。
11:00。「これ、何だと思います? どうしてこんな形なんだと思う?」。西村さんはプラスチックのまるい器と、すくう部分の片側が直線形になった細長いスプーン、柄が楕円に垂直についたスプーンを紙袋から取り出し、参加者に回した。皆、そーっと手にとって回したり食べる真似をしたり。そのあとに参加者と掛け合いながら種明かしをした。
身の回りにデザインがあるということ、そして良くできたデザインほど気がつかないということに話は及んだ。「自分の気づきに気づいてほしい」ということを西村さんは繰り返した。「ポケットを発明した人はすごい!」「トンカチで最初に叩いた人はすごい!」などなど、例え話にみんなが笑った。
11:25。8人でグループをつくり、それぞれのボールペンを回しあい、どれがいいと思ったか考えるワーク。8人分のペンの書き心地を確かめる。パチンと芯を出して渦巻きを書いたり、自分の名前を書いたり、指で回したり、「おっ」とつぶやいてみたり。ざわざわしていたが、そのうち黙り込む参加者たち。
そのあと、自分はどのペンが良かったか3分間1人で考え、それをまたグループでシェアした。「グリップのところが好き」「かすれない」「にぎると気持ちいい、でも書くと薄い」「エッジがひっかからない」。いろんな声が挙がる。
「いろんな書き心地があって、好む好まないがあるということに気づいたと思います」「デザイナーはボールペンをデザインするのではなくて、書き心地をデザインするんです」。それはつまり「経験をデザインするということ」だ。西村さんの言葉に、何度もうなずく参加者。「ものは、誰かが何らかの意図をもって作っている」という言葉にうつむき、じっとペンを見ている。
11:45。後半のプログラムについてのVTCが行われた。先ほどのように、まず個人で3分間考え、そのあとの10分間はグループでシェアする。ペンが止まり、そのままの姿勢で紙を見つめる人。正しい持ち方のモデルのようなポーズをとってペンを見つめる人。書き心地に変化はあっただろうか。この後の質疑応答に、割合長く時間を費やした。
●自分の仕事はどこにあるか
12:20。駆け足で、良い仕事をしている人は…という仕事論に入る。やり方が違うから結果が違う――「自分の仕事」をしているという話の中で、「自分の気づきに気づく」という言葉を西村さんは何度も繰り返した。
「では、自分の仕事はどこにある?」という命題に、「やりたいこと」「やれること」「やるべきこと」という3つの円を示した。それぞれ部分的に重なり合い、中央部には3つが重なった場所ができる。その中でも「やるべきこと」はどこから出てくるのか。日常生活で感じる違和感、ざわっと来ることや、カチンと来ることに使命感の芽が隠れているというのが西村さんの考えだ。
例えば…と、脱OLをしてカフェを始めた女の子の話を聞いて反応した自分のことを、西村さんは話した。「きっと自分の中に、未処理の何かがあるんでしょうね」と続ける西村さん。
そういう瞬間に自分ノートを埋めていくこと。それがつまり、自分の気づきに気づくということ。この日何度も繰り返されたこの言葉で、プログラムは締めくくられた。
●個人的な感想
デザイン以前の意志というのは「自分の気づきに気づくこと」から始まるのだということを、参加者それぞれがそれぞれの仕方で持ち帰ったに違いない。決して派手ではないワークだが、確かに参加者の中で新しい感覚の窓が開かれたように思う。
特に、ペンの書き心地を比べるワークの後、参加者がじっとペンを見つめたりしていたのが印象に残った。書き心地は今までとは確実に違ったものに感じられただろうと思う。あとで数人の参加者に確かめたらそのとおりだと言った。
青木さんとの掛け合いについては、あまり生かされていなかったと思う。合いの手を入れることでストンと言葉が落ちる(つまり納得する、と言えばいいだろうか)という効果は時々感じられた。しかし、単に言葉を伝えやすくするための補助的な役割として青木さんを呼んだのではないのだろう。青木さんと二人でやることのねらいが、私にはまだ見えて来ないように感じる。
私をひそかにうならせたのは、西村さんの例え話である。「桃を介したピンクの話」で、急にうなずく人が増えたことに気づいたが、「振り返りの時間」でもその話題が出てきたグループがあった。印象深い例え話は、非常に吸引力がある。つまり話に引き込まれてしまうということだ。自分の仕事のありかを示す3つの円も強い印象を残したようで、それも後で話題に出たことのひとつだった。
また、架空の川の上で跳ねる西村さん、ポケットの発明者をたたえる西村さん、カフェを始めた女の子に反応した西村さんなどなど、笑いを生む例え話を要所要所に入れていた。そのウケた部分というのが見事につなぎとなりプログラムが展開し、一方で「自分の気づきに気づく」というねらいが、笑うことで参加者の中にストンと落ちる。
しかも西村さん自身は淡々としているため、こちらとしてはペースに乗せられていることに気がつきにくい。巧みである。
(レポート:板倉友絵)