バックキャスティング
―未来から過去としての現在を振り返る―
益田文和

初日のプレゼンテーションで、益田さんは「過去が未来になる」と皆に投げかけた。ワークショップ当日、研修室に集まったおよそ30名の参加者の中には、その言葉に惹かれて来た人も多いようであった。益田さんは、「これは大きな意味でデザインの話です」と前置きをして、サステナブル(sustainable:持続可能な、維持できる)な社会について語りはじめた。
●価値観から考え直す
益田さんは、次のような問題提起からワークショップを始めた。
このワークショップフォーラムのテーマは「創造」である。しかし、本当の意味では僕らは何もつくることができない。無から有を生み出すことはできないのである。物をつくる時には地球の資源が素材となる。
現在、60億ほどの人口が地球に生息している。この20%を占める先進国の人々が、全資源の80%を消費している。言い換えると、地球人口の80%を占める発展途上国の人々には、残りの20%の資源しか振り分けられない。資源の分配率が不均衡と言える。
さらに人口は増加する一方である。先進諸国が今のままの消費を続けると、持続不可能な社会が出来上がる。サステナブルな社会をつくるためには、日本は20倍の資源を効率化する必要があると言われている。
技術が進歩し、資源を効率的に利用した商品も増えている。しかし、資源の消費は拡大し続けている。自動車の燃料を例に挙げると、一台あたりの燃料消費の削減率においては、日本は世界の中でもトップだと言われているにも関わらず、日本全体の燃料消費量は年々増加している。原因には、一台あたりの走行距離が増えていること、より大型の車に乗り換えることなどが挙げられる。結果的にサステナブルな社会になっていないのである。
問題はライフスタイルにある。生活に対する価値観を考え直す必要があるのだ。数値の目標ではなく、皆の間で共通の目標が設定されていることが重要である。20世紀のものづくりにおいては、過去のデータをベースとして将来を予測する「フォアキャスティング」という方法が一般的に用いられていた。その中で考える未来はあらゆる可能性に満ちている。しかし、地球環境の未来を予測する場合において、その方法で考えると破局を招くことになる。そこで、サステナブルな社会の未来を想定し、そこから現在を振り返り、現在は何をするべきなのかを考えることが必要となる。これが「バックキャスティング」の考え方である。
●2025年へ旅をする
「現在の社会の状況はサステナブルではない」ということを踏まえた上で、益田さんから次のようなテーマが投げかけられた。
「2025年はどれくらいサステナブルな社会になっているのだろうか?」
エネルギー、住居、食、教育、移動、ビジネス、医療、家族など
「みなさんはどのような暮らし方をしていますか?」
ここで、グループごとに問題について話し合う時間が設けられた。益田さんの合図を皮切りに、各グループから声が飛び交う。テーブルの中央に紙をひろげ、さまざまな色のマーカーで分類別けをしながら意見交換をおこなっているグループもある。参加者の身振り手振りは大きく、話に熱が入っていく。40分ほどのディスカッションのあと、各グループからの発表が行われ、次のような意見が述べられた。
・「大量消費」ではなく、地域のことは地域で行う「地産地消」が新しい流通の仕組みとなる。物々交換などが行われるようになる。
・20年後のカレンダーをつくるので楽しみにしてほしい。
・20年後は土の良さで値段が決まり、皆が郊外に移り住むようになる。都心はものぬけのからとなり、やがて腐界となる。
・すべてものは共有され、レンタルのシステムが主になる。
・個人が持っているエネルギーの無駄遣いを中心に考えた。人的交流を活発化することが重要になり、世代を越えての交流が活発になる。
・ゴミは燃やすのではなく、なんでも分解できる機械ができる。
――それぞれの意見に対し、笑いや感嘆の声などが上がり、全体的に和やかな雰囲気だった。皆の話に、じっと耳を傾けていた益田さんが次の声を挙げた。
● 未来のシナリオと履歴書を描く
「グループでのディスカッションを踏まえた上で、2025年を起点としたシナリオを描いてください。その際に、自分の履歴書もつけてほしい」――ざわめいていた会場が一気に静まりかえる。一同、真剣な面持ちで机に向かいはじめた。廊下を通りかかる人々の中には、そんな独特な雰囲気に「テスト中ですか!?」と思う人もいたほど。
約1時間にわたるワークの後、バックキャスティングで描かれた色とりどりの未来のシナリオが部屋の壁に貼り出された。それを一同でとりかこむように座り、各人からの発表へと場面は移った。主に、先立って行われたグループディスカッションの意見を反映したシナリオが多く寄せられた。
・すべての物は共有するという考え方から、家電の数が年を追うごとに減少するようになる。2025年には家電は集合住宅で1台となる。
・2025年には人的エネルギー促進法が制定され、世代を超えた交流が推進されるようになる。お年よりや子どもたちが公民館に集り、学校のような場として地域で活用されるようになる。
・個人や家族の単位が地域へと広がり、「コミュニティファミリー」という単位ができる。コンビニエンスストアがコミュニティのための場所となり、そこには分解機が置いてある。
・2025年は今よりも昔のような生活に戻っている。各家で牛1頭、ブタ2頭を飼っている。野菜は自給自足で賄う。
その他にも、さまざまな角度からの意見があった。以下に要所を抜書きする。
・子どもが会社で働いている
・学校は目的別に好きなところへ行ける
・自動車がコンパクトになり、切り離し可能となる
・駐車場が緑地となる
・地域通貨が流通する
――もちろん、明るい未来を想定した意見一色ではなく、「エネルギーのバランスが崩れる」「皮膚表面の温度を保つ洋服の着用が義務付けられる」など、環境が破滅してしまうケースを述べる人もいた。
また、グループディスカッションでは多くを語らずに、「カレンダーをつくる」とだけ述べていたメンバーの中には、2025年11月のカレンダーを用紙いっぱいに描いた人もいた。カレンダーを指差しながら、「この日は、45歳以上に適応される国民休眠制度法により仕事は休みです。」と説明をすると、皆から大きな喝采が起きた。
発表の後半は時間が押し気味となってしまったため、「自分の履歴書」については駆け足でコメントする人が多くなってしまった。全体の発表からは、参加者が自分の未来を切り開いていこうとする意欲を感じることができた。
サステナブルな社会の姿を想定しながら描かれた未来のシナリオと自分の履歴書は、参加者がおみやげとして持ち帰った。「これからの未来のために、現在の段階からどのような取り組みが必要なのか?」 このワークショップで投げかけられた問題に対して、それぞれに発見があったようである。この小さな「気付き」が各人の日常生活の中で波及し、やがて社会という大きなフィールドで還元されることを期待したい。
(レポート:原田紀子)