関心別のフリー セッション−1(講堂)

参加者やゲストの分けて隔てなく、問題意識や関心事を寄せ合う場として企画されたコミュニティ・オブ・インタレスト。アミダくじでゲストを各会場に分け、参加者もそれぞれ分散して場がつくられていった。
講堂に集まったゲストは、岸英光さん、中野民夫さん、西田真哉さんの3人。3氏がそれぞれに持つ雰囲気からなのか、全体的に和やかな時間で進んでいった。参加者からの質問を通して、短時間の中でもゲストの意外な一面も見ることができ、終わってからもしばらく離れがたい参加者たちは講師の方々と話をより深めていったようだ。
以下、およそどんな感じで話しが進んでいったか再録する。
質問:安心、安全な場づくりが出来ればいろんなことができると思う。何か「こうしている」ということはあるのか?
中野:「全員に口を開いてもらう機会をはやくつくること。少人数で行なうこともある。自分のまわり、場、プロセス、あらゆるものがある程度わからなければ自分自身も参加者も心配だから」
岸:「ファシリテーターが一番危険な事をする。そうすることで、みながそれを受け入れられる場であることを知ることができる。しかし、受容と許容なら、私は後者であり、変化をさせる仕事だから、ただありのままを受け入れることではない。ファシリテーターはわからないことがあっていいし、いかに自分がその場で持ち出せるか?ということ」
西田:「スタッフ側と参加者とのねらいの共有化が大切。ねらいに則していないかどうかは、ひとつの安全基準である。何を目指しているのかお互いに知っておくこと」
質問:できるだけ全員に口を開いてもらう機会をはやくつくることとしては、今回のワークショップフォーラムではどうでしたか?
中野:「ちょうどよかったのでは?」
質問:できれば、ホームグループで集まってから全体を進行させた方がよかったのでは?
中野:「人と逢うということは、時には居心地の悪さにも慣れる必要があり、人と逢うことの力をつけてほしいと思っている。あまりこちら側でお膳立てしない事も時には必要であると思う」
質問:小学生の頃はどんな自分でしたか?パロマ氏の話を聞いて興味を持ったので、講師の出合いや生い立ちにも何かあるのかと思ったのだが?
中野:「祖父は東条英機に反発していた政治家だった。その後切腹自殺をしたそうだが、父はあまり多くを語らなかった。母はよく『おじいさまは偉かったのよ』と話してくれた。その影響かもわからないが、その頃の人生設計は総理大臣になって、世界平和に貢献し、ノーベル賞をもらうと書いていた。祖父のような激しい手法を取らなくても自分でできることを少しづつやって行きたいと思っている」
岸:「母によく言われたことは短気で、一言余計、ひとつ余計。カウンセラーにはまったく向いていなかった。工作をしても、ただ作るだけでなく人とは違うことをしていた。でも、ある時から人に自分を隠して真面目にやるようになった。その頃は自分が上手くいっていなかったけれど、社会人になってからの友だちが一番自分を理解してくれた。自分がいきいきしだして、楽しくなって深い関係を持つようになった。だから今でも友だちだ」
西田:「人見知りの恥ずかしがりだった。父がはやくに亡くなり母が再婚したこともあったからか、家族というものを知らずに育ったけれど、人前ではリーダーシップもあり、しゃしゃり出ている人間だった。人間関係に興味を持っていて、牧師になってからも『神をみていないで人ばかりみている』とよく言われ、結局は代表とケンカして辞めてしまった。人は自分が好きであれば、お互い好きになれるはずで、それはトレーニングから気がつくことができるとわかった時から、それがライフワークとなった」
質問:モチベーションをなくしてしまった時、どのようにしてモチベーションを出したらいいのか?
岸:「何かやろうと思う枠が壊れることは危険なこと。外からのモチベーションは感覚が麻痺し、慣れてしまう。だから、内側から来るモチベーションを探り、枝分かれを前もってたくさん持っておくこと。自分にいつもモチベーションを思い起こさせてくれるパートナーと一緒にやる。いわゆる寝る前の目覚ましのような人をあらかじめみつけておくこと。切れた頃に、再びモチベーションを持ったその時に戻れる場所を先につくっておくことだろう」
質問:どうにもならなくなって、落ち込んだ事はあるか?
岸:「めっちゃ落ち込んで、這い上がったら辛かった。だから落ち込み3秒。ドーン、1、2、3で立ち上がる!そして『とにかく誰かと会話する』。会話に親身になってくれた人が、社会人になってからの連中だった。どろどろに話せて、ひとりで立ち上がるよりよかった」
中野:「大学に入ってからも上手くいかなくて、夏に休学して旅に出た。そこで多くの事を学んだと思う。最近は、ちょっと危険だけれどちゃんと落ち込みきる余裕がない....。でも、本を書くようになって、いい道具ができた。落ち込んだ時には自分の本を読むことで、あの時のがんばりや、勢いを思い出せて元気になれる。また、自分に共感したりもする」
岸:「文集に書いた自分の文章に元気づけられたりもする」
中野:「書き終わったばかりの頃は、書けなかったことに打ひしがれるから、すぐには読めないのだけれど」
岸:「落ち込みきることを味わっておく。味あわないとズルズルするから」
西田:「失う、挫折する時だろう。一番なりたかった牧師の試験に落ちたこと。しかし、得ることもある。挫折していると周囲が支えてくれることで周囲がわかる。基本的には信仰が私を支えているから、本当に落ち込むことはないのかも知れない。亡びに至る絶望はないと思っている」
質問:ファシリテーター冥利に尽きることと、「やってていいのか?」と、落ち込んだりした時の事を教えて欲しい。
西田:「5泊6日のトレーニンググループのエンディングをどう迎えるのか?それがうまくいかないと落ち込む。でも、エンディングがうまくできるためにやっているわけではない。うまくいったとか、そうでないとかは、操作的である。これは究極の満足だが、自分が活躍せずしてグループの満足感が得られれば、それが一番いいと思う。波にのる。でも溺れない。難しいことだ。落ち込んだ時は時間が延長してしまった時。ファシリテーターとして失敗だったなと反省する」
岸:「コーチは本人の行動と結果が大切。私の目の前にあるのに、手のひらからこぼれ落ちるようなことを目の当たりにした時は、『あぁー』と感じる。何ごともプレイヤー次第だから、もったいなくても私は何もできない。ファシリテーター冥利に尽きることは、トランスフォームの瞬間に立ち会えた時。その人に新しい何かが加わった瞬間が、変わったということで、それが成長だと思う。その人に何かが増えていく感じ。
落ち込む時は、逆ファシリテートされる時。ファシリテートを壊滅させる人がいる。例えば最後に『でも、難しいのよねー』と言うおばさんとか。」
中野:「ファシリテーション基礎講座が終わった時、厳い彼が私に「民ちゃん、このお礼はこれから俺がやっていく事でかえさせてもらうぜ!」といわれた事だ。落ち込むのは、9の褒め言葉より1のネガティブな言葉に反応してしまう時」
話はまだまだ尽きないが、あっという間に時間が過ぎ去っていく。中野さんは、パロマがよく使う言葉でこう締めくくった。「初めに一言ひらいてくれたあなたに感謝しています。この場が始まったのは、一番初めに質問してくれたあなたです。その勇気に感謝します。ありがとう」
(レポート:鈴木智子)