ワークショップ:
パラダイム(枠組み)とコミュニケーション

ファシリテーター:岸 英光


●コミュニケーションをめぐって
今回のゲストワークのうち、一番多くの参加者を集めたのが岸さん。50名を越える参加者はそれぞれ用意されたイスに座って、彼の第一声を待った。そして、岸さんの柔らかなで、キンと通る声が部屋に響く。落ち着いていてやさしく語りかける岸さんに、少しほっとした表情を見せる参加者たち。
「みなさんは、コミュニケーションの簡単さやすごさを知らない。知らないのはもったいない。コーチングはアメリカ発だというが、僕は本当は日本発だろうと思っている。禅、武士道など、元来、日本人は深いコミュニケーションを持っているはず。昔の戦国時代の武将たちは短い言葉の中に様々なものを伝える。能は世界のあらゆる芸術と正反対である。演劇は喜びを伝える、ということは外へと向かうこと。しかし、幽玄は内へと向かう。バレエの森下洋子はその小さなからだで微細なものを伝えるプリマドンナとして有名。これからのワークでは、そうした微細なコミュニケーションを探っていきたい」
まず、岸さんは、心理カウンセラーという仕事のイメージから語り始めた。
「心理カウンセラーは、一般にマイナス分野を補うような暗いイメージが持たれている。ところが、アメリカではそうは考えられていない。世界のトップにいる、重責を担う人たちが、どうやって重いストレスと関わっていくかということを常に考えている。日本では、病気でなければ健康という最低レベルからものごとを考えるところがある。人間のOptimal(最上、最高の状態)とは、自然な状態。だから、心理カウンセラーとは人間の内面を生かす人であり、人間の最高の状態をひきだす役割を担う人」。
岸さんによると、コーチングという概念が日本に入ってきた のが1997年。だが1962年には、もうすでに理論ができていたという。会話で人の能力が伸びる、人の力を活かして、自分を伸ばすという方法だ。
簡単な説明の後に、参加者と岸さんの一問一答が続く。
質問:コーチングとカウンセリングの違いは?
岸:「コーチングは行動結果であり、カウンセリングは心の状態に対して関わる。ある人は犬が怖いとする。カウンセリングでは、その人のトラウマを探して癒すが、コーチングは行動結果としての対応である。人間は、心と行動を分けられる力(意志)を持っている。それは、いくら眠くても(起きなくてはらない時は)必ず起きる。
自転車に乗れるようになる時のことを考えてみよう。勘をつかむと乗り続けられるが、乗れてしまうと、乗れなかったことを忘れてしまう。初めて自転車にチャレンジして転んだ、その転び方は二度とできない。これは、次元が全く変わってしまったということ(パラダイムシフト,ブレイクスルー)である」
「私も講演などの始まる前はとても怖い。29才の時に経営者フォーラムで講演という初舞台で、始まる直前の舞台袖で私のコーチがきいてきた。自分は、怖いことはいけないことだと思っていた。怖いと頭の中が真っ白になる。真っ白になると、きっと失敗するだろう。だから、怖いことはいけないんだ。しかし、コーチは私が怖がっているということを受け取ってくれた。当たり前だと言われ、私は怖くてもいいのか!と思った。この時、自分の枠が変化(パラダイムシフト)した。すると、すうっと楽になって、講演に集中することができた。これは、行動と心は分別できる、切り分けることができるということである」
質問:怖くてもできるもの?楽しくできるのか?
岸:「怖いことは“乗り越える”のではなく“通り過ぎる”こと。コーチングは気持ちいい、楽しいだけではいけない。怖いくらいがいい。怖さはあっていい。逆に心配・恐れがなくなると危険である。“やれるかどうか”と“実際やるか”は別問題で、自分を好きになれるほどにはならないけど、良くやってるなーと思えればいいんじゃない」
質問:“乗り越える”のではなく、“通り過ぎる”とは?
岸:「真面目な自分、嫌な自分、いろんな自分がいる。人が成長するということは、“自分が増えていく”ことであり、大きくなることではない。Be(あり方)−Do(行動)−Have(結果・実践)と、自分をどんどん追加していく(増やしていく)。」
「さまざまな環境によって、人によって自分は増やされてきた。テクニックを持っていても、結果が出ない人はいっぱいいる。例えば、やり方は知っているけど、ダイエットに成功しないデブ、とか。「鬼に金棒」の鬼とは(自分自身の)在り方で、金棒は方法論。知らないものは知らない、ということの方が物事がよく見えることもある」
●さぁ始めよう、コミュニケーションスキル
内容は次第に深いところへと進んでいく。岸さんが「コミュニケーションとは何か?」という問いを投げかけると、参加者から次のような声があがる。人との関わり、表現、相手を受け入れる。発したらかえってくる。寄り添うこと、自分を開くこと、伝えること、伝わること、キャッチボール、安心できる環境、ツール(道具)、共にいること、リアクション....等々。
「まず、自分がコミュニケーションをなんだと思っているか。コミュニケーションは会話だけではないといことをみてみよう」と岸さんが促し、参加者同士のワークが始まる。以下のレポートでは、一部だけを再録しておく。
ワーク2
ペアでAさん役、Bさん役を決める。Bさんは、Aさんの目を見ると同時に、自分自身に何が起きているのかをみる(身体、心、頭、考え、思い、イメージ、空間)。そして、自分の中でたった今起きていること、気付いたことを片っ端からみつけてAさんに言う。みつけたことに理由はいらない。Aさんは、それを聞いていて、ただうなづくだけ。心の中で相手の言ったことをそこで終わらせる。イスに座った状態で膝がつき合うくらい近づいてみよう(一人約2-3分)。
岸さんは、こう解説する。
「Aさんは、ただBさんを映しているだけ。すると現状が違ってみえてくる。Bさんが話してもそのことについては何も解決していない。しかし、二人の関係性の中で、聞き役のAさんはBさんを受けとめることで、空間の質が変化する。つまり、空間の質を変えたのは聞き役のAさんであり、問題は解決したのではなく、“解消された”ということになる。さらに、二人が楽にいられる関係の中に第三者が入ってみても、コミュニケーションが空間の質に変化をもたらしているので、他の人に抵抗がなくなる」
「例えば、ディズニーランド。そこはみんなウェルカムという対人関係ができている。何回も行く、リピーターが多いのはどういうことか?キャラクターに惹かれている訳ではない。支配かウェルカムかで質が変わる。アトラクションに2-3時間待ちしても、みんなニコニコしていて苛つかない。そういう空間が意図的につくられており、行動は仕向けられている。その場にどんなパラダイムが存在するのだろう?」
ワーク3
身体とのコミュニケーション。
肩が凝っている人は、手を挙げる。岸さんがその中の一人に問うていく。「他に肩が凝っている人も、同じように感じてみて」。肩こりを感じて、言葉にしていく(今、自分の身体に何が起きているのか?を探る)。
「肩はどこが重い?右?左?」
「その重いところは、どのくらいの深さ?」
「そこは、色に例えるとどんな色?」
岸さんからの質問が終わると、不思議と肩に凝りを感じなくなっているような気がした。というより、身体に意識を向けて身体とコミュニケーションをとっていくうちに、肩が凝っているという問題が小さくなっていった感じがあった。岸さんの質問に答えたのは一人だけだったが、他の肩こりを訴えていた人も同様に楽になったという人が何人かいた。
「疲れを横に置くことは、相手がいなくてもできるが難しい。人と対話して行うと効果的。相手の中で、起きていること、あることを受けとめる。あるいは終わらせるようにきくこと。これは、本当の意味でのニュートラルさである。普段、本当は小さな問題を大きくしたりしていないか? 問題は小さな事が多い。問題を切り分けられた時、〜ねばならないという概念から離れることができる」と岸さん。
●コミュニケーションは「起こる」
ワーク4
ペアはそのまま、AさんはBさん全体を自然にみる。
AさんはBさんの私生活について思いついたこと、感じたことを直感で、でまかせでいいから何でも言う。
BさんはAさんが何を言おうともすべて受けとめる。今、過ぎていっていることとして。
「今、Aさんが(Bさんについて)言ったことは、Bさん自身、かなり当たってるという人はいますか?」と岸さんが訊くと、半分くらいの人たちが手をあげた。
「その中で、言っていた時の前半部分がよく当たっていた、後半が当たっていた、全般的に当たっていたというパターンがあるが、どうだっただろうか? 前半当たっている人は、入ってくる情報から推測している。しかし、情報がなくなって考えるのを止めた時に感じたままの直感、洞察が出てくる。洞察は表面の先のことをつかむ。表面的なことでも何でも言っていると適切なことが出てくる。相手のことを当てること、とは情報だけで相手を感じ取るチャネルがあるということ」
「例えば、相手と自分の間にみえないパイプがあるとする。そのパイプには感覚、思い込み、いろんなものが詰まっている。その詰まったものを取り出してパイプの横に置いてみる。するとその人の本質と触れることができる」
このワークの中で、岸さんはこんな風に語っていたのが印象的だった。
「コミュニケーションは『する』ものだと考えている。そうではない。コミュニケーションはただ『起きてくる』ものであって、やっている時は起きていることとは思っていない。コミュニケーションは、感謝や喜びと同じで沸いてくるものなんだ」
ワーク7
ペアを組み直して、最近10日以内にやるイベントを思い出してみる。そして、それは、何なのか?それをすることで何をつくり上げようとしているか? という問いを重ねていく。
「こうやって問いを重ねていくと、いろいろなことがつながっていることがわかる」と岸さん。「そんなにつながっていたら、今自分が言ったことのためだったら、それをやる価値はあると、思うことができる」。岸さんは、自分のコーチングの“師匠”とのこんな会話で、それを体感したという。師匠「朝、何を食べた?」岸「朝は.....」師匠「それで何をつくり上げようとしているのか?」。この問答の中で、「あれっ?実は自分ってこんなことがやりたかったんだっけ.....」と、ふと自分自身とつながって出てくる瞬間があった、と岸さんは言う。
「『何のため』ではない。受けとめる側はただ感じて受けとめる。『それをすることで、何をつくり上げようとしているのか?』という問いを立てる。問われた人は、とにかく感じたことを伝えていく。問いが堂々巡りになってしまった時は、まわしておく。そのうち、言った後に気づくことがある。言うことで自分を試せる。刺激。かけ離れても受けとめる。探求は答えが出ても続ける。言葉ではなく、あり方を受けとめる。わからない、も受けとめる。そして再度、探求していく。そして、一番最後に、『今まで出てきたモロモロのためだったら、それをやる甲斐があると思う?』」ときいてみるといい」
自分の行動が、世界とつながっていることを知ると、その意味が見いだせる。コーチとプレイヤーは目標じゃなくて根っこをちゃんとつくっておく。すると、コミュニケーションはぶれなくなる。「コミュニケーションで、見えないことが見えるようになる」ところが、コーチングの醍醐味なのだろう、と実感できるワークショップだった。

(レポート:蓮見直子)