子どもワークショップ
ファシリテーター:穴沢剛、韓 承花

●関わる全ての大人たちと“思い”を共有する
「一番の魔法は“発見するよろこび”。気づきのアンテナがにょきにょき伸びてくるような時間にしよう」「子どもは親のおまけじゃない。フォーラムの参加者だ」――前夜のミーティングで、こどもワークショップに関わる大人たちは、主担当者の韓さんからそう伝えられた。韓さんの目の輝きが印象的だった。
韓さんは、“キャサリン”という名のふしぎのもりの住人としてみんなをご招待してくれる人になり、穴沢さんは謎だらけの“魔法学校のスカウトマン”に変身するという。子どもと同じ目の高さでわくわくどきどきを共に味わってくれるのはフォーラム中ずっと一緒に過ごしている保育スタッフと施設ボランティアの皆さん。レポーターである私もふしぎのもりの新聞記者となって子ども達の発見をかき集めることになった。
関わるすべての人たちで、このワークショップを作っていくんだと、思いを共有することからはじまった。
●もりのなか/ふしぎのもりの魔法の学校
当日の朝、舞台となるキャンプ場を子ども達が到着する前に韓さんと穴沢さんと歩いた。明るく過ごしやすい。が、ふしぎがあるぞぉと強く感じられるわけでは、ない。けれども.....“キャサリン”と“スカウトマン”に2人が変身してからは、もうそこは、ふしぎの森だった。さすがだ。
みんなが“ふしぎのもり”の入口でキャサリンと遊んでいると、謎の仮面のお兄さんからふしぎのもりのスライドショーのお誘いが届いた。自分でチケットを作って会場へおいで、と。みんなは“重ねてきれい、透かしてきれいなもの”をスライドマウントに挟み込みながら会場に向かった。
会場で“まほうのめがね”と“まほうの望遠鏡”が手渡され、つくったチケットをめがねと望遠鏡で見てみると.....「あ.....。オーロラが見える」なんてつぶやきが聞こえてくる。
そのあともこのめがねと望遠鏡は大活躍!“こびとの庭”にお邪魔すれば「ねぇ見て!」「なんだこれ?」と発見の連続。
仮面のお兄さんが“魔法学校のスカウトマン”だとわかり、魔法学校の入学試験“7つのふしぎなものさがし”を受けることになった時だって、枯れた木がこびとのマンションだと分かったり、真っ赤な実のグラデーションにうっとりしたり、石に隠されていたダイヤモンドを発見したり、地面にささった棒にこびとの身長が書かれているのに驚いたり.....。そんなこんなで魔法学校祝!入学!みんな目隠しでいざ魔法学校へ!
目が見えなくったってキャッチする情報の多いこと多いこと。「つんつんするぅ」「においが変わってきた?」「ちょうのうりょく、つかっていい?」「段だ!段があるからね!」そんなこんなで進むこと数百歩.....。
魔法学校はふしぎのもりの奥のそのまた奥の、なんと木の上に、ひっそりと建っていた。学校にたどり着いたものの鍵があかない。困った。みんなで“魔法のおまじない「まっ・ほぉ!」”をとなえてみると「あいたぁ!!!」。みんなで“まほうの歌”を歌い“まほうの木ぎれ”を探しておおはしゃぎ。
「おなかすいたね」だれかがそう言うと、スカウトマンが丘の上に“まほうの車”と一緒にあらわれて、人間の世界の食堂までみんなで行こう!と。人間に見つからないようによーく注意してまほうの車で人間の世界へ。
お食事をすませ、またふしぎの森へ帰ってくると、キャサリンがまほうの木ぎれたちを持って待っていた。まほうの木ぎれは“まほうの生き物”に生まれ変わるとキャサリンは言う。はて、どうすればいいの?みんなは思いを込めて生き物をそれぞれつくりはじめた。のこぎりやボンドや絵の具を使う子、ビーズや石や羽を使う子。大きな木ぎれと格闘したり、色とりどりに飾ってあげたり.....。
夕方、オレンジ色の光が届きそうになるころ、生き物たちは目と名を与えられ、みんなにお披露目された。キャサリンとまほうのお歌を歌い、スカウトマンから“卒業の証”が手渡され、森の向こうで陽の光が消えるのと同時にみんなの魔法は、とけた.....。「またくるねぇ」「まっ・ほぉ!」と叫びながら、みんなは人間の世界へと戻っていった。
●喜びや発見のタイミングとその表現は、みんなちがう
「ふしぎなんかないよぉ。ただの森だよぉ」「これがまほうの車?トラックじゃん」。みんなは正直。そうしたことも話してくれる。
でも、「この穴はこびとさんの食料庫。ちいさいのは一人用で大きいのはみんなで使うんだと思うよ」と、ただの森だと言った子が数十分後にそう教えてくれたり、ただのトラックの荷台に乗っかったはずの子が「ねぇ新聞記者さん。この景色、撮っておいた方がいいんじゃない.....」と、美しく色づいた森を見つめながらつぶやいたりする。生き物をつくっている時には、ある子の手が動かなくなって心配になった。そばに行ってみると「おじゃるまるを木の上に立たせたいんだ」。彼は静かに、でも強くそう言った。おじゃるまるというのは、こぶしくらいの丸んまるの石から生まれた鳥で、立派な足が生えている。その二本の足でまほうの木ぎれの上にとまり、休憩をさせてあげたいのだと。
喜びや発見のタイミング、その表現の方法は、みんなちがう。“ぼくらのアンテナ、ちゃんと伸びているよ”“決めつけたりしないでね”みんなが、そうつぶやいたような気がした。韓さんと穴沢さんは、そうした様子を注意深く見つめながら、一人ひとりに合わせたアプローチをし、発見や喜びを、ちょっとずつ、引き出し、大切にしていた。
●また、もりへ
発見や喜びを“ファシリテートする人”と“共に感じてくれる人”が、みんなのそばに、ちゃんと、いた。発見に驚いて見つめ合い、大声で笑い合い、はしゃいだり走ったり、考えたり悩んだり・・・。おとなもこどもも自然も、みんなキラキラ輝いて見えた。
みんなは、キャサリンやスカウトマンのことも、魔法学校のことも、いつか忘れてしまうだろう。まほうの生き物の名も、まほうのおまじないも.....。でも信じようと思う。みんなの中の気づきのアンテナは、いつだってスタンバイしているんだと。私たち大人には見えづらいだけで、アンテナはにょきにょき伸びているんだと。
そして、“大人にだってアンテナはあるんだよ”“アンテナはなくなったりしないよ”とみんなは教えてくれた。そのアンテナを大切にできたなら、誰もが“キャサリン”や“スカウトマン”になれるんだと、私は感じている。
(レポート:青木京)