上田信行 インタビュー
教育って、面白くていいんだ!
聞き手:青木将幸
マーキーこと青木将幸です。
奈良県吉野にある「ネオ・ミュージアム」に、上田信行さんを訪ねました。いきなり地元の日本酒で乾杯!と、粋な歓迎に質問したかった項目も見失い、次々と展開するトークに圧倒されて帰って来ました。
合計5時間にわたるお話を、凝縮したインタビュー。お楽しみください。

上田 信行(うえだ のぶゆき)
同志社女子大学 現代社会学部 現代こども学科 教授
1950年奈良県生まれ。専門は教育工学。学習環境デザインとメディア教育をテーマに、実践的研究を行う。奈良・吉野に実験的アトリエ「ネオ・ミュージアム」を創設し、多数のワークショップを開催している。 >プロフィール・ページ
ゴールそのものを生み出してゆくような、
教育の場をつくりたかった
──上田さんにとってワークショップの源流は?
上田信行:大学4年生の時に「セサミ・ストリート」を見て、衝撃を受けました。そのときに、教育って面白くていいんだ!という驚きがあったんです。
当時はアメリカ最高!という雰囲気で、京都御所でアメリカンフォークを歌ってたんです。歌の世界でがんばろうと思っていたのですが、ちょっと才能的に無理かもと感じた時があって。
じゃあ何が面白いか。テレビ局はどうだろうか、と考えたんです。
歌がダメなら、テレビをつくりたいという気持ちになった。エンターテイメントに興味があったわけです。
そんな時に、「セサミ・ストリート」に出会いました。これはアメリカだ!って(笑)。
──それで渡米した。
上田:アメリカへ行く、いい理由ができた。ある人に「これは視聴覚教育といって、英語ができなくてもできるから」と言われたのを真に受けて、英語が苦手なのに留学しました。
まず、セントラル・ミシガン大学に入ったんだけど、英語も生活もなかなか大変で。しんどい思いをしている時に、「セサミ・ストリート」の制作スタジオに行ってみた。そうしたら、スタジオのスタッフが良くしてくれて。とても嬉しかったのを、覚えています。
──その後、セサミ・ストリートの研究を始めるんですよね?
上田:ハーバード大学のジェラルド・レッサーという教授が、「セサミ・ストリート」のカリキュラム開発の中心にいたんです。彼に会いに行きました。そして、「日本にはまだセサミを研究している人はいない。僕はやりたい。研究室に入れて下さい! 必ずミッションを果たすから」と頼み込んだんです。
当時、アメリカに留学していた日本人は、僕に限らず誰もが坂本龍馬のような気分でね。「日本に帰って教育を変えたい!」ぐらいの勢いがあった。「わかった。今すぐ願書を書け」と言われて、ハーバードを受験したんです。幸運にも入学できました!
──ハーバードの教育はいかがでした?
上田:すごいびっくりしました。教育のやり方が全然違う。自由で本質的な苦労が出来る。
たとえば自由研究という授業でね、僕は英語が苦手でしたから「日本語で書いてもいい?」と尋ねると、「いいよ、君の勉強だろ」と。「要約だけは英語にしてね」なんて言われて。
もちろん日本語で書くなんて、他の授業では認められない。これは、自由研究という枠組みだから出来たことだけど。
──それって、学ぶ人中心の教育である、ということですよね。
上田:そう。懐が大きいなと思ってね。
セサミの制作現場をのぞきに行くと、共同でわいわいやりながら番組を面白くつくっていた。で、彼らはそれを、「ワークショップ」と呼んでいたんです。それが僕の原点なんです。
新しいことを実験し、つくりながら、その場でどんどん変えて行く。改善のためのリサーチを徹底的にしてね。
普通の授業のように指導案があってそのとおりにやっていくのではなくて、ゴールそのものをみんなで生み出してゆくような教育の場をつくりたかった。
その頃から、将来、教育ではなく「学び」が注目されるはず、という予感がしていました。
ワークショップは「パーティ」だ!
──そんな予感をもって、日本に帰ってきた。
上田:帰国後、84年から89年の5年間、実に様々なワークショップの実験をしました。奈良の自宅の一角に小さなスタジオをつくって劇団四季やTV番組のまねごとをしたりね。
さらにその後、ワークショップのプロトタイプや実験を重ねるために、奈良の吉野に「ネオ・ミュージアム」という、ワークショップのためのちいさな空間をつくりました。
──ネオ・ミュージアムは、どうして吉野に?
上田:母方の実家が吉野だったんです。小さい頃から時々来ていて、将来こんな場所に住めたらいいなぁと、ずっと思っていた。
ネオ・ミュージアムは100坪足らずの土地に建てられた、3階建ての多層的な空間です。1階は7m立方の「経験のフロア」。2階はそれをメタに見ることができる「リフレクション(内省)のフロア」。3階は「意味づけのフロア」となっています。
他にも茶室があったりカフェがあったりして、空間の構造レベルで「学びの装置」になるように設計しました。小さな空間ですが、Party of the Futureというイベントの時には、100人を越す人が入ります。
──パーティ?
上田:僕がやってきたワークショップって、パーティなんです。人と人が出会うための、キラキラした仕掛けに満ちた。
パーティは、すごい学びの場だと思うんです。細かいアジェンダや手順が決まっているワークショップなんて、面白くない。
最近は研修会のようなワークショップが多いですけど、僕はもっとライブで、その場で立ち上がってくるような、ジャズのインプロビゼーションのようなもの。そういう意味では、ネオ・ミュージアムはパーティの場。つまり、ミーティング・プレイスなんです。
──つまり、人が出会う場。
上田:そもそも、歴史的な背景がすごくある場所なんですよ。次の時代をつくろうという人たちが、いったんは落ちて来るのですが、じっと様子をうかがいながら、次をねらう場所。ちょっと神聖な感じなんですね。
僕はここで活動する意味を、きちっと考えなければと思っています。
14世紀、南北朝時代においては、後醍醐天皇が京都とは異なる朝廷を吉野に打ち立てました。ちょうどその頃が、「会所(かいしょ)」という場がにぎわっていた時代だったそうです。
会所というのは、連歌や花・茶・香などの芸能が持たれた場所のこと。男女・身分・階層・敵味方を問わずに様々な人が一同に集って、宝物を見たりする、いわば文芸の中心だったそうです。
英語でいうとミーティング・プレイス。「ネオ・ミュージアム」はまさにそういう歴史的文脈の中に建っているんです。この吉野という場所そのものに、とても力がある。
イタリア料理モデル

吉野のネオミュージアムにて|2009年1月(Photo: Tariho Nishimura)
──上田さんは「ワークショップはイタリア料理だ」とも言っていますね。
上田:そうなんです。イタリア料理のコースは「アンティパスト(前菜)」から始まって、「プリモ」、「セコンド」、「ドルチェ」、「エスプレッソ」と続いてゆきます。
ワークショップのデザイナーは、シェフに例えることができると思う。
アンティパストで「面白そう!」と思ってもらって、プリモで夢中になって活動・表現してもらう。セコンドでは、自分たちが表現したもので他者とコミュニケーションをとって語り合い、ドルチェでゆったりとふりかえる。最後にエスプレッソ、ちょっと苦みもある強烈な気づきを持ち帰る。
──もっとも力を入れるのは?
上田:僕の場合、最初の「アンティパスト」に、ほとんどの精力を注ぎ込みます。
ワークショップを始めるにあたって、気持ちのいい場を設定する。始めの1時間をいい雰囲気につくれたら、後は絶対に失敗しないですよ。
ワークショップの始まりの空気って、すごく難しいですよね。いろんな人が集まってくるし。いきなり大きな話から始めると、なんか宙を飛んでいるみたいになっちゃって、上手くいかない。抽象的なところから入らずに、とても具体的なところからスタートさせるんです。
具体的なところというのは、たとえば食べ物。僕のワークショップでは、食事をするところから始めたりします。ワークショップのために、シェフにイーティング・デザインをお願いします。
──本当にシェフを呼んじゃうんですか?
上田:そうです。ワークショップのコンセプトをあらかじめ伝えておいて、それに基づいた料理を作ってもらうんです。シェフによる本日の料理の説明から入るわけです。
「今回のワークショップのコンセプトはコレコレと聞いているので、本日はこんな素材をつかって、こんな料理をご用意しました」と。
参加者もニコニコして「美味い、美味い」って食べるわけです。と同時にコンセプトが確認できる。雰囲気も最高によくなる。
食べ物から始めると、ワークショップはまず失敗しないですよ。必ず上手くいく。
──上田さんは、何を見て「ワークショップが上手くいった」と判断しているんですか?
上田:うーん、言葉で言えないんですけど、わかるんですよ。みんなのスイッチが入るというか。僕はね、その瞬間に叫ぶんです!
──叫ぶ?
上田:そう。「今、見て! コレや!コレ! この風景!」って、一緒にやっている学生たちに向かってね。「この風景が見たかった!」って。(笑)
まぁいえば、参加者がキラキラしているんですよ。輝いているっていうかね。このテイストなんですよ。どうやってそのキラキラが生まれたかは、分からないですけど。
──上田さんご自身もよくわからないんですか?
上田:もちろん、細かい工夫があったりはします。ディティールはものすごく設計していますよ。空気感はディティールの集積なので。
たとえば、会場に入ってくるところからね。どんな風にレセプションして、クロークに行って荷物を降ろし、中に入ってくるか。その間に「ある空気感」が立ち現れてきて、勝手に人が動きはじめるんです。
僕が動き方を教えるんじゃなくて、こう動くのが気持ちがいいみたいな仕掛けをうまーく作っておく。すると、ある瞬間に勝手にその人たちが動く。その時に「美しいな、この風景」と思うわけです。それでもうOKなんですよ。「よっしゃ!」って感じです。
空間、環境へこだわる理由
──なぜ食事や空間、環境にこだわるのでしょう?
上田:それはですね、、、。人を変えるなんてことは、やめようと思ったんですよ。僕がワークショップの参加者に、影響力を大きく持ってしまうのは困るんです。なので、「影響力のある環境」をつくろうと思った。
──ファシリテーターに影響力があると困るのは、どうして?
上田:怖いから、ですね。やっぱり僕は影響を与えてしまうタイプだし、ある意味で偏っているしね。
教育現場にいる人はわかると思うのですが、ある程度の経験を積んでいくと、自分の影響力の大きさに「やばい」と思ったりするんです。僕個人が、人の心を動かしてしまうのはなるだけ避けたい。
だから人が触発されるような空間や場はつくるけれど、そこで何を感じて、どう変わるかは本人の問題としたいんです。僕はそこに責任を持てない。怖いですよ。
とは言っても、実際には参加者に影響を与えていると思いますが、人の心を動かすデザインではなくて、「挑発する空間や道具や活動」にしておこうと思う。
──人の心を動かすのではなく。
上田:そうなんですよ。だからカウンセリングとか、構成的エンカウンター・グループとかは似ているなぁとは思っていたんですが、意識して避けてきた部分があります。
──なるほど、そうでしたか。今回のフォーラムにはカウンセリングや、エンカウンター・グループにゆかりのあるゲストも来ています。ぜひ交流をお楽しみください。
【おわり】
