青木将幸 インタビュー

2009-04-27(月) 西村 佳哲

「大事なのは“自分”に問いつづけること」
聞き手:西村佳哲

全国教育系ワークショップフォーラム(第2回・2003)のゲストだった青木将幸さんに、初めてお会いしたのは約6年前。20代若手ファシリテーター代表といったポジションにいた彼も、今は32才。心境の変化も多々ある様子。

アーティストの仕事は人前で成長することだと思う。その意味で青木さんは、アーティスティックな人だと思います。

2008年12月の「ワークショップとはなにか? その2」より

2008年12月の「ワークショップとはなにか? その2」より


青木将幸(あおき・まさゆき)
青木将幸ファシリテーター事務所
NPO・企業・行政・地域組織・学校・家族など、さまざまな会議の進行に携わるファシリテーター。国際環境NGO・A SEED JAPAN の人材育成担当理事でもある。愛称・マーキー。(プロフィール

 
 
人を活動家にしてゆくのが怖かった
 
──6年前のインタビューでは、18才の頃から、ファシリテーションの技術をアメリカへ学びに通っていたという話を聞きました。

青木将幸:はい。A SEED JAPANの仲間たちとSEAC(Student Environmental Action Coalition)という組織に。3年に渡って。僕は、学んできたことを日本のメンバーに教える立場にいました。

──でも、加藤哲夫さん(せんだい・みやぎNPOセンター)との出会いなどをきっかけに、場を開く側が用意していたものを教えたり伝えるより、その場で内容が生まれてくるような場づくりに興味が移ってきた、という話をしてくれた。
参照)http://skunkworks.jp/wsf/akagi/mm/031119.html

青木:うん。それまでは、進行役や先生のポジションにいる人が、参加者より沢山知識を持っているべきだと思っていました。

でも加藤さんが、そんなこと全く関係なしに、よい学びの場をつくったのが自分には衝撃的で。
それをひとつの契機に、トレーニング(訓練)からミーティング(会議)をファシリテートすることの方へ移っていったんですよね。

──全く体験のないこと、たとえば「お産」がテーマでもファシリテートできるか?という質問をしたら、「できます。やってみようと思える!」とすごく前向きでしたね。6年たって、今はどんな感じですか?

青木:その少し前に戻ってもいいですか。訓練から会議のファシリテーションの方へ移ったのは、トレーニング・プログラムの開発に限界を感じたからでした。

ある時 A SEED の仲間が、より強力なトレーニングを学んで持ち帰ってきたんです。
それが思想的に恐ろしいというか、非常にパワフルなものだった。試作段階のものをつくって、他のメンバーに見せる前に試し合宿を何度かやったんだけど、これはできんなーと。

──それは、マーキー(青木さん)ができないと?

青木:僕が。ただ、他のメンバーもやろうとしたけど、あまりできなかった。

──なぜ?

青木:「怖い」感じがあって。なにがって、短時間のトレーニングを通じて人を活動家にしてゆくのが、非常に怖かったんです。

そのプログラムは、より人間の思考や思想に手を入れて「ほらこれが問題でしょう」「原因はこれだから、こういう行動をしなさい」と、深く手を突っ込むトレーニングだった。僕には扱いきれない感じだった。
やっても失敗するだろうし、成功したらしたで恐ろしいことだよなという怖さを微妙に感じて、そのプログラムからは降りたんです。

で、トレーニングや研修ばかりしていた時期が終わって、ノンエクササイズな語り合いや、話し合ってものを決める場の進行役としてのプロ性を新しく立ち上げていったわけです。

最初は環境問題に取り組むNPOやNGOの仕事が多かったけど、だんだん他の分野からも依頼が来るようになった。
今は、DV(ドメスティック・バイオレンス)の防止とか、女性の人権とか、まちづくりとか、福祉とか、在日外国人とか、いろんな団体の会議を進めています。
 

自分に問いつづけていたい

──今でも、どんな会議でもやってみたいと思っていますか?

青木:やってみたいという欲望はありました、に近いな。
人を大事にしない会議の、ファシリテーションの依頼を受けることもあるんです。

──どんな?

青木:たとえば、あるネットワークビジネスの会社があって。友達をたくさん紹介した人は上の位にあがれる仕組みがあって。で、「より上の位をみんなが目指す雰囲気になるような会議を」と頼まれたり。
金額も提示されて、「全国40箇所あるから、これで一年分の仕事は安泰ですね」とか言われたけど、できなかった。

他にも「参加者がどうであれ主催者はこう思っているので、そっちに引っ張ってくださいね」とか。そういうオーダーは何度も来るんだけど、お断りしています。

──なにを基準に?

青木:良心が痛むというか。自分の職業倫理で。

──内容が納得できる・できないとは関係なしに、「主催者的にはこっち」という方向性のもとでファシリテーションや、人間への関わり方がもうできない、という感じなんでしょうか?

青木:しんどくなってきているのは事実でしょうね。いられないな。無理でしょう。自分を裏切っている感じ…というか、みんなを裏切っている感じになってしまう。笑顔では人前に立てなくなってくる。

──でも、今でもエクササイズを使って構成するような研修の仕事も、全くしていないわけではないですよね?

青木:加藤さんを皮切りに、難波克己さん(プロジェクト・アドベンチャー)というファシリテーターにも出会って。難波さんはエクササイズするにしてもとても自由で。持ちネタを、その場で適切に出し入れするんです。
この2人が僕にとっては「いい加減な」というか、「台本化できない」ワークショップとの接触で。さらにその後、橋本久仁彦さんを介して、非構成的な場づくりに出会ってきて。

──その影響が?

青木:「聴く」ということが、自分の中でとても大きなテーマとして浮き上がってきて。
で、そんな自分が研修の仕事をやっていると、エクササイズしているはずの場面で、参加者の「人」としての輝きの方にむにょーっと惹かれてしまって。「素晴らしい」「もう少しお聞きしたいです!」みたいな感じになったりもして。

構成されたエクササイズをやっているはずなのに、非構成な感じになっていってしまう。構成と非構成を割れなくなってきていて、なんか面倒くさいことになってきたな…とも思っているんです。

──昔は出来ていたわけですよね。

青木:いや今にして思えば、昔僕のトレーニング・プログラムを受けた人には「申し訳なかったな」と思う部分もあるんです。

トレーニングから離れ始めた頃から、「ワークショップ」と思っていたものが、僕の中でどんどん大転換していて。
それは今もつづいていて。去年の自分がやっていたものはクズだと思えてしまうくらい、自分自身がまだゴロンゴロン変化している最中なんです。成長中というか模索中ですね。

──今も。

青木:今もですね。構成/非構成の葛藤というより、「俺はなにをしたいんだろう」とか「なにやって生きてゆくんだろう」というレベルで、自分自身が揺らいでいる。

以前の自分の中にあった「これはいいことだ」みたいなものが崩れ去って、原子炉でいえばメルトダウンのように内側から融けてゆく感じ。
「なにをやって生きたいのか」という確信みたいなものが、今なくてね。結果として、人とどういう接触の仕方をしたいのかというところが、揺らいでしまっている。

──これからマーキーが何になってゆくのかはわかりませんが、何になるにせよ、どんなふうに在りたいか?というのはありますか。

青木:それは、やっぱり自分に問いつづける感じでありたい、と思っています。それは忘れないようにしたい。
問うことがファシリテーターの仕事だったり、俺の存在だったりする気がしていたんだけど、大事なのは「自分に」問いつづけることなんだなと。どんな人生になっても、それは持っていたい感じがある。

【おわり】

 
マーキーのお薦め本:
養生の実技」 五木寛之
ヒトニツイテ」 五味太郎
 

>フォーラムg開催を目前に控えて(青木将幸)

 


<フォーラムg開催を目前に控えてフォーラム g の忘れ物>