松木 正 インタビュー
儀式を通じて学んだこと
聞き手:青木将幸
マーキーこと青木将幸です。2008年の12月、兵庫県にあるご自宅兼ワークショップ・スペースに、松木さんを訪ねました。

松木 正(まつき ただし)
マザーアース・エデュケーション 主宰
1962年・京都府生まれ。キャンプカウンセラーやYMCA職員を経て、1989年渡米。ラコタ族の居留地区に入り、自然観・生き方・伝統儀式などを学ぶ。帰国後、彼らの儀式をとり入れた環境教育を開始。現在、マザーアース・エデュケーションで環境教育を軸足に幅広い活動を展開している。 >プロフィール・ページ
儀式の意味
──松木さんは、なぜ儀式をあつかうんですか?
松木:それ自体への信頼もあるけれど、儀式そのものが、自分自身に与えてきた影響が大きいからやろうな。その中でしんどいところを通過しながら、自分が育ってきた。言ってみれば、自分の物語とか神話のようなものだから。
──詳しく聞いてもいいですか?
松木:たとえば「サンダンス」の経験は大きい。サンダンスは、夏の一番暑い時に四日間、飲まず食わずで踊る儀式。大地に二股の木を立てて、その周りを延々と踊り続ける。
最終日にはピアシングといって、体にピアスをしてそれを引きちぎる。これがなかなか過酷でね。
俺はサンダンスを五年やったけど、儀式の中での「苦」を通して、自分自身を見たり、自分の弱さを感じたりする。またそれ以上に、儀式の以外の時に起こっていることが、自分にとっては結構大きかった。
たとえば二年目のサンダンスは、ものすごく暑くてね。ゆうに気温は50℃を超えていて、地面は夏の砂浜よりもうんと熱くて、サボテンを踏んでもわからないくらいの暑さで。二日目に入って、さすがの自分も「もうあかん」って思った。
そしたら「スウェットロッジに入りなさい」と言われてね、皆で中に入ると、女のリーダーがいた。
彼女に「泣きなさい。泣きなさい。好きなだけ泣きなさい。どれだけたくさんのサンダンサーの男達が泣いたことか。ここで泣きなさい。たくさん泣きなさい!」って言われてね。「もぅあかん」と思ってた男達は、みんな泣くわけ。
「つらいー」「もう、無理やー!」とか言ってね。そんで、ほんのちょっとだけ水飲ませてくれるんよ。どんな儀式にも、抜け道というか風穴のようなのがあるんやね。
泣いて、泣いて、泣いて。水をもらってドアを出たら、もう「戦士の顔」をして出て行くみたいなことが、結構あったのよ。儀式という構成された時間の合間にね。ほんまの母性というか、守ってくれるお母さんに出会う感じだったりもして。
──そうした儀式を通じて、様々な学びを得ていったわけですね。
松木:たとえば「正直でありなさい」なんていう言葉は、言葉としては何度も聞いてきた。
だけどそれを痛烈に、一生記憶に残るカタチで味わったのはサンダンスの中やったね。儀式というのはそこに付随してやってくるものの力が大きいと思う。
──サンダンスのほかにも色々な儀式があると思うのですが、それらを日本でやるときは、日本流にアレンジしているのでしょうか?
松木:いや、ほぼ伝統的なカタチのままやってる。
──同じ儀式をやって、日本人とラコタ族で反応は変わらない?
松木:変わらへんと思うな。もしかしたら向こうの人以上に、日本でやっている時のほうが深いかも。特にワークショップと儀式を組み合わせる場合はそうやな。ラコタの人たちも、最近はレディネス(心の準備のようなもの)ができてない時もあるやろうし、文化的に分断されていることもあるから、形式的にカタチをなぞっているだけになっているかも。
僕がワークショップを通じて日本でやってきていることは、彼らが伝統的に体験してきたレディネスをやっている部分もある。つまりセレモニーが始まるまでに、少しずつ「意識」のレベルを変化させることができるように、心がけてやっているね。
ワークショップと“狩り”の類似性

松木さんの著作
──松木さんにとって、ワークショップが「うまくいっている」と感じるのは、どんな時ですか?
松木:うまくいってる瞬間かぁ、難しいなぁ。ファシリテーターとして手ごたえを感じてる時と、その人の中でプロセスが動いてる時は、意外と違ったりするよね。人の葛藤は、あまり表面化してこないし。
そういう意味では、沈黙の時間が長くなってきたりするのも一つ。「感情言葉」が出てきている時もそう。もちろん感情に触れているという時は、その人に触れていることだから。みぶり手振りが大きくなってきたり、体がしなやかに感じる時も、その人の中でプロセスが動いている時やね。
──ファシリテーター側の「手ごたえ」や「見立て」はあまり信用していない?
松木:いや、もちろんある程度の見立ては必要だよ。それがあるから、自分がどう働きかけたらいいか、どんなアクティビティを、どんな風に提供したらいいのかを組み立ててゆけるし。
参加者の内側で何が起きているか、本当のところはわからんけど「何かが起きているぞ」とか「何かうまくいくぞ」という信頼はあるな。
ワークショップでファシリテーターをしたりとか、場をまわしてゆくことは、ある意味で「狩り」といっしょやからな。人の心に触れていくことでもある。その経験を積み重ねてゆくうちに、見立ての的中率が上がっていくこともある。
ワークショップと狩りの類似性
──ワークショップは「狩り」。興味深い喩えですね。
松木:人が出している、小さなサインを見逃さないようにすることとか。集団においてはある人の波紋が必ず全体に影響を与えてゆくからね。その人が誰を見ているか、どんな時に反応しているかとか。その観察は、狩りでいうところトラッキング(足跡の追跡)に通じるものがある。
僕にとってファシリテーターというは、トラッカーのものの見方と似たところがあってね。例えば足跡を見ることで、そこから情報はたくさん読み取れる。けど、その時にその動物が何を見てたかっていうことは、その動物になってみないとわかれへん。その場に立って一緒の角度から見てみないとあかんのと一緒。そんなイメージはあるなぁ。
小さなサインだけに囚われてしまったら、あかんしね。
なので、一人一人から出てくるサインや、相互に影響しあって出している共時的なサインとかを、総合的に感じながらその場にいる。言うのは簡単やけど、ものすごく難しい。プラクティス(稽古)が必要やね。技術というより「芸」に近いよね、ファシリテーターの道は、、、。
──参加者の存在に触れてゆくことを大事にしている、と言いかえることもできますか?
松木:もちろん。そのことは大事にしながら進めていると思う。
大きな家族
──そういう意味では、狩りを共にする仲間との関係も大事ですよね。マザーアース・エデュケーションは、いま何人ですか?
松木:コアが20人、1年間で関わるスタッフ全員で60名ほどかな。うち10人くらいは、マザーアースの仕事でほぼ食べているんじゃないかと思う。
──スタッフと松木さん、家族のようだと聞いてます。
松木:ラコタ族の言葉で「ティオシパイエ」という言葉があってね。拡大家族という意味。オオカミの群れのようなものかな。家族という血縁単位を超えた、もう一つの大きな家族といってもいい。
ベースになる深いところで、ある信頼感を共有しているような間柄やな。
──松木さんにとって、ワークショップの参加者も家族のような存在ですか?
松木:そういう関わりになっていくことは多いな。1—2回しか会ったことのない参加者に対しても、家族的な「かわいさ」を感じることがあるよ。
それは閉鎖的な関係という意味ではなくて、なにか「大切なことを共有した間柄」という感じだと思う。
──となると、つきあいが長くなることも?
松木:そやね。あるある。過去に参加した誰かが困っていたら、実際に会いに行くもんね。
よく学校の先生方から「松木さんたちはワークショップの時だけのつきあいかもしれませんが、私たちはこの子どもたちを6年間みてるんですよ」なんて言われるけどね。
「いやいや違います。僕らはワークショップの2日間しか会わないけど、その2日間で、この子の人生すべてに関わるくらいの気持ちでつき合ってます」って思っているのよ。
もちろん無理して家族的なつきあいをしようとは思わないけど、実際に子どもたちからヘルプサインが来るしね。
うちのスタッフもしょっちゅう電話で相談を受けたり、メールで悩みを聞いたり、困ってる子らに会ってるよ。俺だってなんかあったら、飛んで会いに行くよ。ホンマに。
──ほっておけない感じですかね。
松木:それはある。そういうのをあんまり、よく思わへん人もいるけどね。でも、僕らはそんな生き方やもん(笑)。
すべてはつながりの中で
──松木さんのワークショップは、儀式のようなことも入っているので、一般の人には理解されにくい部分もあるんじゃないかなと思っています。そういう意味で、ワークショップの広報をどうやっているんだろうと気になっています。
松木:広報? あまりやってないなぁ(笑)。もともと俺がコンピューターとか触ったりしないってのもあるけどね。チラシもあまり郵送したりしないね。せっかくいいのを作ってもらっても、配るの忘れてたなんてこともあるよ。
それでも参加者が集まらないわけじゃない。人がこないとか、そういう苦しみを味わったことは、あんまりないなぁ。
──それは必然的に広がっているから?
松木:そうやろうね。あと、そういう習慣じゃないんよね。別に俺だけのことやないんよ。誰かマザーアースのスタッフが「今度、こういうことしようと思うんだ」っていうと、たちまち話が広がるしね。
──人間的なつながりこそが、松木さんたちの広報。
松木:そうやな。まぁそれでやってこれてたから、そうなんじゃない?
──参加者のリピート率も高い?
松木:高いよ。ワークのつくりも濃厚にするしね。子ども対象の場合は、親への説明会もやって「このキャンプで何を大事にしたいか」を話しているし、事前にはプレ・キャンプ、本番キャンプのあとは「思い出会」もやったりね。
子どもがやったことを親が体験するためのキャンプもするし。参加した子どもらが後にスタッフになってゆくことも多いよ。
地域にどっぷり入ってくこともあってね。町を歩いてたら「ヒゲー!(松木さんのキャンプ中の呼び名)」とか「松木ちゃーん」とかって、呼ばれたりする町もけっこうあるよ。
──そうやって、次から次に松木さんに依頼が来るのは何故だと思いますか? 参加した子どもたちの顔が変わって行くからかなと僕は思っているんですが。
松木:それはあるんちゃうかな?
まぁ、子どもらが「変わる」というか、本来的な感じになってくるというか、のびのびしてくるというか。けっこうインパクトがあるんだと思う。参加した子どもたちが、事実そうなっているので、PR効果があがっているんだとは思うよ。
はじめからシステムを考えない。はっきりいって、あんまり意図してないんよね。今、学校からのオファーが多くて、大阪府下で年間40校近くから依頼されているんだけど、もともと学校関係をターゲットにしたかったわけでもない。「つながり」のなかで次の仕事に結びついているんとちゃうかな?
うちは、金額で仕事を断ることはないしね。
──え? 金銭面で折り合わなくても、仕事を断らない?
松木:うん。お金で仕事を断ったことはない。もちろん、一応見積もりとかは出すけどね。
学校とかお金のないところからは、無茶を承知で言ってくるところもある。でも、うちとしてはきっちりとプログラムをしたいから、スタッフ数を減らしてやるわけにはいかん。赤字になることとか、俺の取り分がないこともよくあるよ。
──通常は断ると思うんですがねぇ。
松木:それはギブ&テイクの関係じゃなくて、与えられる時に与えようっていう考えでやってるから、できるんかもね。「ようやってますねえ」って、言われるよ(笑)
──「松木さんの力をもってすれば」というと、嫌な言い方かもしれませんが、ワリのいい仕事を入れることもできますよね? 企業研修の単価の高いものとか。
松木:あー多分、いけると思うよ。
──でも、それらの営業には行かない?
松木:向こうから話しが来たらやってもええな、とは思ってるけど。取りには行ってないねえ。営業という概念はあんまりないなぁ。
でも、これじゃぁいかんなーとも思ってもいるねん。スタッフの人生もあるしね。もうちょっと食わさなあかん。自分も家を建てたばっかりで、住宅ローンを抱えてるからなぁ(笑)。
──将来的なビジョンとかつくらないんですか?
松木:あんまり無いやろなぁ。よう聞かれるけどね。この前もあるスタッフが「松木さんの夢は何ですか?」って聞いてきたけどね。「夢って言われても、あんま無いもん」って(笑)。
自分にとって「ビジョン」と言えるのはハンブレチア(ビジョンクエスト)のセレモニーを通して夢の中で見るもので、考えて描くもんじゃない。今、あっちこっちで我々がやってるリトルウルフキャンプなんかも、夢を通してやってきたものなのよ。
【おわり】
松木さんお薦めの本:
「愛する言葉」岡本太郎
「狼たちの知恵 ―個人として組織人として成功する18の法則」トワイマン・L. タワリー
「ブラック・エルクは語る」ジョン・G. ナイハルト
「ジョーゼフ・キャンベルが言うには、愛ある結婚は冒険である。―ジョーゼフ・キャンベル対話集」ジョーゼフ・キャンベル
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松木さん、お久しぶりです。
今回も参加したかっのですが、子供の事もあり出来なかったので 家で今夜のスウェットロッジの為に 私も祈ります。
2年前の3月、アメリカ人の夫との調停離婚の事、これからの子供と私の生活など 一度自分をリセットしたいと思い参加させて頂きました。
松木さんの本を読んで 感じた印象と同じ とても深く温かい時間でした。
三重の飯南町に時々来ると 前に話してくれましたね。
私の町は 紀北町という町で すぐ近くなので 今度来る時は ぜひ教えて下さい。
海と 川の 私のとっておきの場所に松木さんと ご家族を 案内します。
9月は絶対に 参加します。
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